この機関車は日本車輌製造株式会社製で、1936年から台湾各地を走りました。運転速度は高くないものの、小回りがきくことから重宝され、逆行運転の多い支線区間で活躍しました台湾のC12形は7両あり、1号機から5号機までは1936年製、6号機と7号機は1942年製となっています。
戦後は台湾鉄路管理局に引き継がれ、形式もCK120型(CK121~CK127)と改められました。全機が嘉義機務段(機関区)二水分駐所に配置され、主に集集線を走っていました。
1979年6月2日に現役を退き、1両を除き解体されましたが、残った4号機は2000年に復元が決定。2001年3月28日に火入れが行われ、復活を遂げました。現在は彰化機務段に配置され、イベントなどで元気な姿を見せてくれます。彰化機務段には日本統治時代の扇形車庫が残っており、見学が可能です。
台湾のC12形はデフレクター(除煙板)が装備されている関係で、日本のC12形とは少々印象が異なります。風格を漂わせた顔立ちは、台湾はもちろん、日本の鉄道ファンの間でも話題となっています。